目を見て話すということ(苦手意識との戦い)

目を見て話すということ(苦手意識との戦い)

目を見て話すということ(苦手意識との戦い)

音楽する人のトラブルシューティング、承ります、
上原夢美(@yumemi429)です。
「ゆめみ」と呼ばれたりしてます。
アレクサンダーテクニークの教師になるべく、修行中です♪

目は起きてれば、ずっと使う器官ですね。
目を開けてれば、何か見えます。
見ようと頑張らなくても何か見えます。
見過ぎると乾きます(ドライアイ、その話はまた今度)
五感のうちでも80%は視覚が占めてる、とも。

それが前提として。

ここからは、私の出来事を。

私は人と目を合わせて話すのがすごく苦手。
人と目を合わせてお話する時の頭の中は

  • ひゃー目が合っちゃった(話に集中できない)
  • 自信の無さが見透かされてるんじゃ…(相手の思考を妄想)
  • あ、歯に海苔ついてるかも
  • 鼻毛出てたらどうしよー
  • でも目を合わせて話さないと誠実じゃないよね、頑張って合わせるぞ
  • は〜、もうなんか恥ずかしい

「話に集中しろよ、お前!」と
もう1人の自分がツッコミたくなるほど、

話してる事とは違う事が
頭の中をランランラーンと駆け巡ってるわけです。

で、結局、
「頑張って合わせていこう」<「恥ずかしさ」
になってしまうので、視線が相手の上空をドライブしていきます。

さてはて、

なんでこんなに恥ずかしいなんて、思っちゃうのか?
目に関する自分の今までの経験、歴史ってなんかあるかな?
と思い返してみました。

  • 目が大きい(チャーミングポイントと言って下さる方もいらっしゃいますが…春先はやたら虫が入ってきます…痛)
  • 赤ちゃんの頃、↑を化け物みたいと兄に言われた
  • 教育実習中も「デメキン先生」と呼ばれてた
  • 中学生の時、授業中、「真面目」アピールの為に頑張って先生と目を合わせようとしてて、それを後からギョロ目で見てる奴って言われた
  • 中学の時、赤ちゃんと老人ホームにいる方々の目の輝きに関する作文が選ばれて市の文集に選ばれた
  • ドイツ語を話す時に視線をドライブして話してたら「ドイツ語に自信ないなら英語で話してやるよ」と言われた


そんなところかなぁ。
どちらかと言えば自分の目に関して
ネガティヴな「思い出」が多いです。
なので頑張らないと目を使えないと思い込んでるフシがありました。

さて、
はたして頑張らないと視覚から情報は得られないのか?

いいえ、頑張らずとも開けていれば
自然と目から情報は入ってくるのです。

先日、アレクサンダーテクニークの学校で
「人の目を見て話したい」というアクティビティを持っていった時、

「眼輪筋は緩んでても良いんだよ」と言われました。
どうやら私は眼輪筋(目の周りの筋肉)に
すごく力を入れてたみたい。
そして、それは必要ないみたい。

「見る」というより、
「見えてる」という意識で大丈夫。

そのアクティビティで上記のような
トラウマにも似た事にも突き当たり大粒の涙も溢れましたが、

その日を境に【観察】(アレクサンダーテクニーク教師になるのに大事な技術の一つ)がしやすくなったように思います。

眼輪筋は緩んでても
話し相手と目を合わせてお話はできるのです。

これは楽譜を読む時の目の使い方にも
使えるかもしれません。

その話は、また後日♪

uehara_yumi

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