自己肯定感の低さはどこからやってくるのか?

自己肯定感の低さはどこからやってくるのか?

自己肯定感の低さはどこからやってくるのか?

音楽する人のトラブルシューティング承ってます、
上原夢美(@yumemi429)です、こんにちは。
「ゆめみ」と呼ばれる事もしばしばです。
アレクサンダーテクニークの教師になるべく、修行中です。

さて、前回のブログでは、
自己肯定感の低さが演奏や練習に及ぼす影響について書きました。

「音楽する上で自己肯定感が低いと起きる事 <もっと上達したいのに>

今回は、その続編にあたります。

自己肯定感の低さは、
性格ではなく、性質にあたるので、
それならば、その原因、知りたいですよね?

そもそも、なぜ、
私が最近、「自己肯定感」に着目しているかというと、、、
目標や「こうなりたい」と強く望んでるのに、
ものすごく動きにくさを感じたのです。

強烈に「無理ー!」と何かに引っ張られる感じ。
この現象は、最近だけではなくて、目標を立てる時、必ず現れます。

この原因は、なんなんだろう、と。

最近に感じた「無理ーーー!」は特に強烈だったので。
でも、絶対に叶えたいことがあって。

原因があるなら、取り除きたいな、と
自分なりに調べてみました。

自分では、自己肯定感は高いのではないか思っていたのですが、
色々、読んだりして、調べていくと、
どうもその真逆だという事に気づきました。
自己肯定感の低さというのは、
大人になってから、というよりは、
幼少期の体験が原因になってる事が多いです。

よく言われてるのは、

・褒められたり、認められた経験がない。
・常に否定されてた
・過保護に育てられて自分で決める機会がなかった
・親に向き合ってもらえなかった。

などなど。

自分ではどうにもできない幼少期の環境での出来事が多いですね。
幼少期の体験って、経験値が少ない分、ただでさえ強烈に濃厚に覚えてるもの。

本物の自己肯定感というのは、
【9歳までに浴びた言葉】や認めてあげることで決まるとも言われてます。

スーザン・フォワードの「毒になる親」という言葉がありますが、
何も原因は親だけではないです。先生、コーチ、親戚、近所のおじちゃん、、、

自分が子供だった当時から大人だった人々ですね。
無意識下で浴びた言葉たち。

「お前はバカだ」
「うちは貧乏だから」
「お前は〇〇って決まってるんだ」
「何もできないもんね」     などなど

あきらめやダメダメ洗脳に至らしめる言葉たち。
言葉だけじゃなく、認めてもらえなかったという体験も。

そして、
自己肯定感の低さって、
連鎖するみたいなんです。

現代では、特に日本人は自己肯定感が低い民族と言われてます。
豊かなはずだけど、世界の中でみてもかなり低い。

ってことは、
そういう言葉を吐いてた大人たちの時代に何があったんだろうか?
上で述べた大人たちが、育った時代背景とは、

「戦後 → 高度経済成長期」

・謙遜や自己犠牲が美徳とされる
・自分を消して、自分の夢を諦めて内助の功に徹した人が多い世代
・みんな同じ方向を向いて、日本を元気にしなきゃと、
 どんどん価値観も画一化されていった
・女は家を守れ、でも女性の社会進出もしていけ(矛盾)
・そんな感じで、家を守っても、社会進出しても何をやっても認めてもらえない

などなど

国民の自己肯定感の低さは、
その時代の日本人の価値観が影響してるのではないかな、と。
画一化もそう。
「普通」にすれば(みんなと同じようにすれば)、「安定」が待ってる。
でも、みんなと異なって少しでも道外れれば、その瞬間に不安になる。

みんなと同じ「普通」にしないと!っていう、
歪んだ完璧主義の始まり(前のブログをご参照ください)。
褒めるより、
叱咤激励と称して否定する。
なかなか認めない。

また、自分も
認められたことがないから
認め方も分からない。
見たことないものは、分からないのと一緒ですね。

認められない=存在を否定されてる

同じ意味で捉えられてしまう。
先程も書きましたが、
自己肯定感の低さは連鎖するので、断ち切りたいですよね。

無理やりな見掛け倒しなハッタリな
ポジティブシンキングは、
こころとのギャップが激しいので
逆に危険です。

でも、原因を知っていれば、
ちょっと安心できませんか?
否定的な言葉を浴びせてきた世代には
そんな時代背景があって、
その世代、独特の価値観があって、
その世代の「あたり前」があって、それに沿って生きようとして、、
それが自己肯定感の低さに通じてる。

そう考えたら、その原因は
「自分の力ではどうにもならない、仕方がないこと」
幼少の無意識下で受けた言葉たちも「仕方がないこと」

否定的な言葉を浴びた当時は、「傷付いた」という認識は持てなかったけど、
大人になって「私、あの言葉、嫌だったんだ」と傷付いた事に気付いたなら、
もう大丈夫です。

傷付いた事にフタをする必要もありません。
傷付いたと分かった自分の心は誰が癒してくれるのでしょうか?

紛れもなく、【自分】なのです。

間違っても、否定する言葉や傷付いた言葉を発した本人を恨まないこと。
もっと苦しくなるから。
傷付いた心は自分で癒してあげる。

自分で癒すのが難しかったら、
人の助けを借りてもいい。
カウンセリングを受けるのも一つの方法だと聞いた事もあります。

傷の原因がわかり、傷が癒されたら、
次のステップに進めますね♪


uehara_yumi

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